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2章 7

Author: 深田あり
last update publish date: 2026-07-05 20:20:34

 あの後、聖子は手にいっぱいのお土産を抱えながら使用人用の食堂兼休憩所兼詰所へと赴いた。六帖一間の洋室で、仕事がない時間帯はだいたいこことでお茶を飲みながらだべっている。この時間は夕飯の支度前ということもあり、そろそろ皆動き出す頃だった。

「はーい、みんな、お土産に伊勢うどんと伊勢たくあん買ってきたよー。みんなでご飯の時にでも食べてね!」

 部屋の中に入るや否や聖子はにこやかな顔でそう言い、テーブルの上におみやげをどすんと置いた。使用人の田中さんと七岸さんが嬉しそうに声を弾ませる。

「わあ、おうどんなんて久しぶり」

「ありがとうございます」

 確かにうちはそばっ食いばかりなのでうどんというのは滅多に食べないからな。今現在部屋には四人の使用人がおり、藤高は黙ってこそいるがあまり嬉しそうではなかった。こいつが一番のそば好きだから仕方ない。

 さらに聖子はそれとは別に『まんじゅう』と書かれた箱を一つ皆の前に突き出す。

 途端、藤高の目が光る。そういやこいつまんじゅう好きだったな。酒に弱く、お銚子一本で顔が真っ赤
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  • サトラレメイド   2章 8

     その後、夕飯の支度の前に聖子は七岸さんを呼び止めた。   何か粗相をしたと思ったか、七岸さんは不安そうに身を縮め三つ編みをいじっている。   しかしそれは杞憂だよ? 横に立つ俺はぽん、と彼女の背中を叩く。 「さて、兄者から話は聞きました。サトラレ征伐、このあたしにも協力させて」 「兄者? なんですかその呼び方。脳にウジでも湧いてるんじゃないですか? 鉄格子つきの病院に行くことを具申いたします」 (お、お嬢様に対してそんな言い方ないでしょ! ああ、すみませんすみません、許してください! 私、悪気はないんです!)   ペコペコと頭を下げる七岸さん。聖子はビッと挙手しながら笑う。 「はいはい。大丈夫でーす。兄者からちゃんと聞いてるから。ちなみにあたしが兄者って呼んでるのは」   そう言えばなんでだ? 七岸さんだけでなく俺も顔を近づける。 「「呼んでるのは?」」 「なんとなく」 「「なんとなくかよ!」」   俺と七岸さんが同時に突っ込んだ。 「バカじゃないんですか?」「なんとなくならお兄様と呼べ!」   二人から寄られても聖子は動じることなく、手をメトロノームのように左右に振る。 「いやいや、強いて言うなら緊張もあるよ。兄者は賢くて、たくまくて、美しくて、清らかで、前向きで、いつもキラキラ宝石みたいに輝いているんだもん」 「は?」「ほう」 「兄者はまさに完璧。完璧の中の完璧。玉の中の玉! その圧倒的美貌を見ているだけであたし、目が潰れちゃいそうになるの! お兄様だなんて畏れ多くて」 「ごめん聖子! 俺が間違っていた!」   俺は滝のような涙を流しながら聖子を抱きしめた。だきっ! 「は!? 兄妹揃って何トチ狂ったことを……」   七岸さんが何か言おうとするが、そんな暇などない! 「兄者! 素敵すぎるよ! 歯をきらめかせて!」 「きらり」 「ウキーッ!」   聖子は体を震わせながら喜びを全身に示してくれた。   俺たち兄弟は仲が良いのだ。   しかしそんな光景を

  • サトラレメイド   2章 7

     あの後、聖子は手にいっぱいのお土産を抱えながら使用人用の食堂兼休憩所兼詰所へと赴いた。六帖一間の洋室で、仕事がない時間帯はだいたいこことでお茶を飲みながらだべっている。この時間は夕飯の支度前ということもあり、そろそろ皆動き出す頃だった。 「はーい、みんな、お土産に伊勢うどんと伊勢たくあん買ってきたよー。みんなでご飯の時にでも食べてね!」   部屋の中に入るや否や聖子はにこやかな顔でそう言い、テーブルの上におみやげをどすんと置いた。使用人の田中さんと七岸さんが嬉しそうに声を弾ませる。 「わあ、おうどんなんて久しぶり」「ありがとうございます」   確かにうちはそばっ食いばかりなのでうどんというのは滅多に食べないからな。今現在部屋には四人の使用人がおり、藤高は黙ってこそいるがあまり嬉しそうではなかった。こいつが一番のそば好きだから仕方ない。   さらに聖子はそれとは別に『まんじゅう』と書かれた箱を一つ皆の前に突き出す。   途端、藤高の目が光る。そういやこいつまんじゅう好きだったな。酒に弱く、お銚子一本で顔が真っ赤になる男だから甘い物の方が好きなんだよな。以前東京禁酒会に入会しようとしやがったので全力で止めたのは懐かしい思い出だ。 「あと今食べるおまんじゅうも買ってきました。誰か、お茶を淹れてください」   聖子の呼びかけにすぐに立ち上がったのは田中さん。 「はい、ただいま!」 「あ、私が……」   七岸さんも立ち上がろうとするが、田中さんはぽん、と彼女の肩を叩く。 「さつきちゃんはいいから」   七岸さんは三つ編みをいじりながら寂しそうに肩を落とす。 「クソッ、人をバカにしてますね、栃木の山奥の土人風情が」 (私は信用ないんだなあ、くすん……。それに私、山田さんになんて失礼なことを……ごめんなさい! 嫌われたらどうしよう……)   毒舌と本音の波状攻撃を受け、田中さんは苦笑する。 「別に嫌わないけど、でもさつきちゃんはダメ。今度淹れ方教えるから、今日は我慢」 「ちっ」 (はい……すみません)   これはこれで楽しいんだけどね。でもこれを放置するわけにもいか

  • サトラレメイド   2章 6

     今日は散々だった。授業に身が入らなかった。こんなことではいけないのはわかるのだが、しかし考えることが多すぎてどうしていいかわからない。   放課後、空は曇天が世界を覆っており、肌をえぐるような冷たい北風が肌を刺す。 「さて、確か今日は聖子が修学旅行から帰ってくるんだよな」   市川家が見えたあたりでふと、そんなことを考える俺。   おみやげはなんだろう。楽しみである。 「この寒いのに修学旅行とか大変だな。伊勢神宮あたりにでも行ったんだったかな」   修学旅行って普通初夏に行く物じゃなかったろうか。そんなとりとめもないことを考えながら家の門をくぐると―― 「兄者」   そんな声と共にセーラー服姿の女の子がぱたぱたと駆け寄ってきた。   今流行の『耳隠し』と呼ばれる、ウェーブをかけて耳を隠すショートヘア。小柄な体躯でセーラー服を着ていなければ女学生というより小学生にも見える人形的なかわいさ。市川の血を受け継ぐスッと通った鼻が印象的な女の子――市川聖子が元気よく俺の胸に飛び込んできた。   ちなみに歳は十四。俺より三つ下、七岸さんより二つ下になる。   俺はそんな彼女をぎゅっと抱きしめながら、ちょっとたしなめてやる。 「おう、我が妹よ。ただいま。ところでその『兄者』はやめろといつも言ってるだろ。お兄様と呼びなさいお兄様と」 「わかったよ兄者! おかえり兄者! ああ……今日も兄者はお美しい。あたし、もう見ているだけで感動の涙を流しちゃうよ。素敵すぎるよ兄者!」   全然わかってねえ!  でもいいや、褒めてくれると悪い気はしないからな。俺は細かいことはあまり気にしない性格なのだ。 「そうかい? でしょ? だよなあ。もっと褒めて。忍者じゃねえんだからその兄者は止めて欲しいが」 「兄者は麗しいよ。本当に素敵だよ兄者。ね? うりっちもそう思うよね?」   俺から離れた聖子が足下にいるうり坊に視線を移す。 「にぃー」   うりっちは賛同するようにひょこっと前足を上げた。こいつは聖子が飼っているうり坊で、先月イノシシを売りに来た行商人からおまけで貰ったものだ。あ

  • サトラレメイド   2章 5

    「本当に不問になった……」   結論を言うなら大遅刻だったのだが、先生からは一切お咎めがなかった。   入地家の権力というものをまざまざと見せつけられる。   俺は机に突っ伏しながら頭をかかえた。 「鈴子さん……ダメだ、強大すぎる! とても太刀打ちできん!」   七岸さんとお付き合いしたい。七岸さんがいい。しかし入地鈴子という女性はあまりに強すぎて、とても勝てる気がしない。 「いや、諦めてはいかん! 嵐は吹いている。逆境だ……。この逆境が俺に力を与えてくれるのだ! ぬおおおおおっ!」   俺は顔を上げ、叫ぶ。きっと何か手はあるはずだ。何か、何か、何か。 「どうすれば鈴子さんとの婚約を諦めさせることが出来るんだ。考えろ、考えるんだ俺」   俺は腕を組み、瞑想。圧倒的頭脳が高速回転する。 「市川」   なんか声が聞こえる。しかしそんなのは無視だ。 「どうすれば……俺の英邁な頭脳よ、今こそ集結せよ!」 「市川」 「うるさい! 今考え事しているんだ! って……あ、先生……」   目を開けるとそこにはシベリアよりも冷たい眼差しを向けた先生がぽんぽんと教科書で自身の肩を叩く姿が見えた。 「ほう、授業中に随分余裕じゃないか」 「す、すみません……」   俺に出来ることは深々と頭を下げることだけであった。 「怒られてしまった……くそっ、鈴子さんのせいだ」   なんでじゃ。

  • サトラレメイド   2章 4

     果たして鈴子さんとの問題はどう解決したらいいか。そんなことを考えながらの登校中、住宅街を抜けて大通りにさしかかったところで、ガラガラと車輪が土塊をこする音が聞こえてきた。   牛のひずめののんきな音と混じり、非常に聞き心地がよいのが何か癪である。   俺は何気なく小石を蹴飛ばしながら右を向くと、そこには一台の牛車が我が物顔で大通りのど真ん中を進んでいるのが見えた。 「……牛車、ということは」   この大日本帝国でこんなものに乗るのは一人しかいない。   俺は足を止めて牛車を待つ。待つ。待つ。牛車はとても遅かった。馬車だと日本の軟らかい地面には合わないから乗りにくいのだろうが、それにしても遅すぎる。   いい加減痺れを切らしたところでようやく牛車は俺の前まで辿り着いた。籠からすだれが開かれ、セーラー服姿の鈴子さんがにゅっと顔を出す。満面の笑みである。 「いとごきげんよう!」 「七岸さんだったら頭オカしいですって言いそうだよなあ。牛車通学とか」 「どうしたの? 愛する婚約者への挨拶が聞こえなくてよ?」   何が愛する婚約者だ。そう突っ込もうと思ったが挨拶をしないのはよくない。俺はため息交じりに挙手し、 「おはよう、鈴子さん」   と言った。 「もうそんな他人行儀はダメよ。私たち、婚約したんですもの」 「俺は承諾していない。婚約式も挙げてないだろ」   すると鈴子さんは人差し指を突き出し、チチチ、と舌を打ちながらメトロノームのように左右に振る。 「ノンノン。私が承諾してるの。私が決めたの。誠二さんに逆らう権利なんかないわ。婚約式は後日挙げるわ」   何がノンノンだ。洒落てフランス語など使いやがって。 「おかしな話だな。こういうのは双方の同意で決めるものだろう? 少なくとも家の」 「お父様のご許可はいただいていてよ? というか誠二さん。こーんな小さい頃から一緒なのに、どうして私を見初めてくださらないの?」 「どうしてって……それは……」   俺は目を反らし、口をつぐんでしまう。   理由はある。ちゃんとした理由が。   でもそれを言ったら鈴

  • サトラレメイド   2章 3

    「あ? なんだ藤高。今俺は七岸さんと朝の掃除を」 「そろそろご登校のお時間にございます。朝食をお召し上がりください」 「え? もうそんな時間?」   庭だから時計がないのが災いしたか。   さらに藤高はぴしっと気をつけしながらも、やけに攻撃的な視線を突きつけてくる。 「それと、女中と少々親しすぎませんか?」 「それは構わないだろう? 当家は皆仲良くが家訓だ。俺はこの屋敷で働いてくれている全ての使用人を心から尊敬している。勿論藤高、お前を含めて。あまり厳格なのは好きじゃないし楽しくない。家ってのは皆が笑顔でいられるのが一番だ。そうだろう?」   確かに俺は七岸さんが好きだが、別に他の使用人に対してもぞんざいには扱わない。おしゃべりはよくするし、一緒にお茶やコーヒーだって飲む。   だが藤高は釈然としないようで、懐から煙草を取り出すとそれを咥え、マッチで火をつけた。 藤高が俺の前で煙草を吸うのは決まって機嫌が悪い時だ。「若造が、あんまナメじゃねえぞコラ」という威嚇を込めている。ある意味七岸さんよりよっぽど態度が悪い。 「されど誠二様は昨晩ご婚約されたではありませんか。年頃の娘とそう慣れ慣れしく近づかれるのは、入地様に申し訳が立ちません」 「鈴子さんか……くそっ。あの人は……」「市川電機の力では入地家のご意向に刃向かえないのは、ご承知でしょうな」   藤高はそう言ってフーッと紫煙を吐いた。まさしく威嚇である。   彼はチャキチャキの江戸っ子だ。そのため「二本差しが怖くてメザシが食えるか」という精神が今なお残っている。たとえ主人のご子息を相手にしても遠慮をしない。   流石に父の前でこんな態度は取らないが、俺には容赦なく取る。まあ俺が生まれた時からの教育係だからな。孫みたいなものなんだろう。   それに彼の言い分には一理も二理もあり、反論に困るのは事実。 「……知ってる。市川電機風情が日本を影で操る入地に勝てるわけないだろう……」   と、俺と藤高が会話をして七岸さんを放っておいたことに気づく。 「誠二様……」 (わ、私……どうしたら)   遅かった!

  • サトラレメイド   1章 7

     俺は一端土間を出て、外の空気を吸う。もう空は真っ暗で満天の星々がきらきらと輝いている。月は少し欠けているな。   肌をえぐるような凍てつく寒さが俺の全身にまとわりつくが、不思議と不快ではなかった。冬の透徹した空気が俺の肺に入り込む度に心が洗われるよう。   夕飯まで外で体操でもしようか。そう思って屈伸を始めた時、がちゃりと音を立て、七岸さんが出てきた。もう出来たのか? いや、手に何か持っている。円筒状の物体だ。 「あ、七岸さん。それは?」 「見てわかりませんか? 目が腐ってるんですか? クズ野菜などのゴミ出しです。これは裏に置いておけば

  • サトラレメイド   1章 3

    結果を言うなら、俺の圧勝に終わった。 「ふん、他愛もない」 「馬鹿な……」「なんだ、こいつ……」   俺はマントをばさっと翻し、駆ける。こんな雑魚どもの相手などしてられないのだ。 「さて、これはいかん。大遅刻だ。急がねば!」   とはいえこれではどう考えても間に合わない。家につくとしたら四時十五分、いや、下手したら四時半くらいになる。   ちらりと、道の端に自働電話が見えた。自働電話とは道ばたに設置されている電話のことで、お金を入れることで通話が出来るという画期的なサーヴィスである。雨宿りも出来るよう小型のボックスに包まれていて、至れり尽

  • サトラレメイド   1章 2

     師走特有の北風が夕方の空に吹きすさぶ。   学ランとマントをまとう俺の体に針のごとく突き刺さる圧倒的な寒さ。しかしそんなことを気にせず東京の街並みを全力で突き進んで行った。   家までは走って三十分。まさにギリギリだ。しかし諦めない。俺は人々の隙間を縫いながら疾駆する。   往来は夕飯時が迫っているということもあり、主婦や子供たちが談笑しながら買い物し、それに呼応するように様々な店の主人が大きな声を張り上げ、それが東京に活気をもたらしていた。   うん、つまり彼ら凄い邪魔なんですけどね。まあ仕方あるまい。この困難が俺をより一層燃えがらせ

  • サトラレメイド   1章 サトラレメイドに恋をして 1

     いくたびも、雪の深さを、尋ねけり。   正岡子規が読んだ句の通り……と言うには雪などこれっぽっちも降っていないし、にこやかな晴天が空を覆い尽くす十二月上旬の東京市。   本郷区向ヶ丘に居を構える第一高等学校の廊下で、俺は先日のテスト結果が張り出された紙を眺めながら盛大に高笑いしていた。 「はーははっははっはは!」   市川誠二の名前が七番目に記されている。つまり七位だ。試験一週間前から睡眠五時間で勉強し続けた甲斐があったと言えよう。周囲の学生たちがぎょっとした目でこちらを見るが、俺は全く気にしない。 「んー、快調快調。よっしゃ、次は五位

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